お客様からのお申し出に、どこまで応じればよいのか。受話器を置いたあとも胸がざわつき、その日一日を引きずってしまう。そんな経験をお持ちの経営者の方は、少なくないのではないでしょうか。
クレーム対応の基本は、話し方の技術より先に線引きを決めておくこと。どこまでが正当なお申し出で、どこからが違うのか。そのうえで、聴く・事実を確かめる・その場で約束しない、という3つの動きを共有しておく。この順序です。
さらに2026年10月1日から、この領域が事業主の義務となります。基本の型、相談の実態、義務化の中身、線引き、整える5つの順序を順にたどります。
クレーム対応の基本|手順の前に「線引き」を決めておくこと
クレーム対応の基本は、一次対応の3つの動きと、対応の線引きをあらかじめ決めておくことの組み合わせ。順番としては、線引きが先に来ます。
話し方のテクニックだけを磨いても、どこで対応を終えるかが決まっていなければ、現場は消耗し続けるだけです。線引きを飛ばしたまま研修を重ねると、対応した社員が「自分の対応が悪かったのだろうか」と抱え込む形になりやすいもの。私たち編集部も、その順序を取り違えていた時期があります。まずは、この2つの関係から整理させてください。
まず結論|基本の型は3つ、そのうえで線引きを先に決めておく
多くの現場で共有されているクレーム対応の型は、突き詰めると3つに集約されます。お申し出を最後まで聴くこと、いつ・どこで・何が起きたのかという事実を確かめること、そしてその場で結論を約束しないこと。この3つです。
3つとも「相手を言い負かさない」ための動きだという点が要になります。反論の準備ではなく、事実を共有するための時間として一次対応を捉え直すと、対応する側の緊張も少し和らぐはずです。
そのうえで、線引きが要ります。どんなに丁寧に聴いても、応じられないお申し出は出てくるからです。応じる範囲を決めていない会社では、判断がその場の担当者へ丸投げされてしまう。結果として、優しい社員ほど疲れていくという構図。
線引きは、対応をおろそかにするための道具ではありません。誠実に向き合い続けるために、終わりの位置をお互いに分かっておくための約束事だと私たちは捉え直しています。取引条件を見直す場面でも同じ話になるため、値上げを取引先に切り出すまでに整える順序もあわせてご覧いただけたら幸いです。
一次対応の流れを、図に整理しました。
一次対応で押さえたいのは、聴く・事実を確かめる・その場で約束しない
「聴く」は、相づちを打つことではありません。話の途中で「それは規約上できかねます」と挟むと、多くの場合、話は最初へ戻ります。まずは最後まで伺い、要点を自分の言葉で短く返す。ここで初めて、相手の側にも「伝わった」という感覚が生まれるからです。
次が事実の確認。いつ、どこで、何が起きて、どうなったのか。この4点をメモに落とすだけで、社内の引き継ぎがまったく別物になります。担当者が変わるたびに一から話し直させてしまう対応。これが実は、二次的な不満の大きな原因です。
3つ目が、その場で約束しないこと。ご不便やご心配をおかけしたことへのお詫びと、責任の所在を認める行為は、実務では切り分けて扱われます。事実が確認できていない段階で「弊社のミスです」と言い切ると、あとから訂正するときに話がこじれるからです。
「確認のうえ、いつまでにご連絡します」と期限だけを約束する形にしておくと、双方の負担が軽くなります。持ち帰る勇気を現場に許しておくこと。これも経営者の側の仕事ではないでしょうか。
「とにかく謝る」と「いっさい謝らない」の二択にしないために
現場が疲弊しやすいのは、この二択で運用しているとき。とにかく謝る運用では、応じる範囲がどこまでも伸びていきます。逆に一切謝らない運用では、初期対応で相手の感情が跳ね上がり、結果として長引きます。
私たち編集部も、以前は「まず謝罪」という言葉だけを共有していた時期があります。ところが実際には、何に対して謝っているのかが曖昧なまま話が進みました。後日「あのとき認めたはずだ」というやり取りに発展したこともあり、振り返れば線を引いていなかった側の課題でした。
いま試しているのは、お詫びの対象を「ご不便をおかけしたこと」に限定して言葉にしておくという工夫。同時に、判断が要る場面では上長に代わる、という運びも決めておきます。二択ではなく、あいだに手順を置く。この置き方が、対応する人を守ってくれるはずです。
相談が増え続けているのは顧客対応だけ|増加23.2%と減少11.4%
顧客対応の相談は、他のハラスメントと違って増加が減少を上回っています。感覚として「昔よりきつくなった」と感じておられる方の実感を、数字が裏づけていました。
とはいえ、それが自社だけの話なのか、全体の流れなのかは確かめにくいもの。冒頭でも触れた厚生労働省の全国調査を、ここではもう少し細かくたどります。数字そのものより、他のハラスメントと並べたときの「向き」の違いに、私たちは目を留めました。この調査は3年ごとに実施され、前回は令和2年度でした。3つの角度から順に見ていきます。
過去3年に相談があった企業は27.9%|3年前の19.5%から8.4ポイント増
同調査によれば、過去3年間に相談があったと回答した企業の割合は、顧客等からの著しい迷惑行為が27.9%でした。令和2年度の19.5%から8.4ポイントの増加です。
同じ調査のデータでは、他の項目も並んでいます。パワハラ64.2%、セクハラ39.5%、妊娠・出産・育児休業等ハラスメント10.2%。介護休業等ハラスメント3.9%、就活等セクハラ0.7%と続きます。いずれも令和2年度より増えていました。
相談自体が増えているのは、社会全体で「言いにくかったことを言えるようになった」側面もあるでしょう。そのため、この数字だけでは事態の悪化とは言い切れません。
ただ、企業規模で見ると別の景色も浮かびます。同調査の対象は従業員30人以上の企業。人手の限られた会社では、そもそも相談する先が社内にないという状況も想像されます。数字に表れていない部分がある、という前提で読んでいます。
他のハラスメントは「減った」が上回るなか、顧客対応だけが逆でした
もっとも目を引いたのが、相談件数の増減傾向。同じ統計で、過去3年間の相談件数について尋ねた結果を並べます。
同じ統計の数値では、顧客等からの著しい迷惑行為は「件数が増加している」23.2%。対する「件数は減少している」は11.4%で、増加が減少の2倍を超えました。
一方、同じ調査でパワハラは増加19.6%に対して減少28.4%、セクハラは増加11.0%に対して減少30.3%。他の項目はいずれも減少が上回っています。
この差をどう読むか。同調査の報告では、顧客等からの著しい迷惑行為が事業主に防止措置義務の課されていない領域だった点に触れられています。義務のある領域では対策が進み、相談も落ち着いてきた。義務のなかった領域だけが取り残されていた、という読み方ができそうです。
相談があった事例のうち86.8%は「該当する」と判断されていました
もう一つ、印象に残った数字があります。同じ調査で、相談があった事例のうち「ハラスメントに該当する」と企業が判断した事例があった割合。顧客等からの著しい迷惑行為は86.8%でした。
同じ統計でセクハラは80.9%、パワハラは73.0%。顧客対応が最も高い水準です。つまりこの領域で相談が上がってくるときは、すでにかなり深刻な状態になっていることが多いわけです。
社員は、よほどのことがない限り相談しない。この現実が数字の背後にあるように読めました。一件の相談の重みが、他の領域とは違うのでしょう。
そう考えると、相談件数がゼロであることは、必ずしも安心材料になりません。私たちも「うちでは起きていない」と言い切る自信を、この数字を見てから持てなくなりました。
2026年10月1日から、クレーム対応は事業主の義務になります
改正労働施策総合推進法により、職場におけるカスタマーハラスメントの防止措置が事業主の義務となります。施行日は2026年10月1日。
法律は令和7年6月11日に公布され、具体的な内容を定めた指針は令和8年2月26日に告示されました。これまで顧客からの著しい迷惑行為は、法律上の防止措置義務が課されていない領域。その前提が、この秋に変わります。大企業だけの話だろうかと感じられた方もいらっしゃるでしょう。ところが、線の引かれ方は少し違いました。制度の中身を、事実の範囲で確かめておきます。
対象は労働者を1人でも雇うすべての事業主|経過措置はありません
まず押さえておきたいのが対象範囲。この義務は労働者を1人でも雇用するすべての事業主にかかります。中小企業や個人事業主に対する猶予期間、いわゆる経過措置は設けられませんでした。
とはいえ、求められているのは大がかりな制度づくりではありません。厚生労働省のリーフレットに挙げられた措置は10項目。柱は5つ。方針の明確化と周知、相談窓口の設定、事実確認と被害者への配慮、再発防止、そしてプライバシー保護と不利益取扱いの禁止です。
なかでも中小企業に馴染みやすいのが、方針の中身として例示された運用の部分。具体例として並ぶのは3つ。管理監督者に指示を仰ぐこと、可能な限り労働者を一人で対応させないこと、犯罪に該当し得る言動は警察へ通報することです。
紙一枚と朝の共有から始められる部分は、思っているより大きいのではないでしょうか。10項目の全体像を、チェックリストの形にしました。
※出典:厚生労働省 令和8年10月1日からハラスメント対策が強化されます(改正労働施策総合推進法・指針の内容)
厚生労働省が示す3つの要素|どれか1つだけでは当てはまりません
カスタマーハラスメントとは、職場で行われる顧客等の言動のうち、一定の要件を満たすものを指します。厚生労働省は3つの要素を示しました。①顧客等の言動であること、②業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えていること、③労働者の就業環境が害されること。同省の資料では、このすべてを満たすものと定義されています。
大切なのは「すべて満たす」という点。厳しいご指摘をいただいたというだけでは、直ちに該当しません。改善のきっかけになるお申し出まで拒む方向へ振れると、それはそれで会社の力を落とします。
なお、顧客等の範囲は広く取られました。顧客だけでなく、取引の相手方、施設の利用者、さらに今後商品購入やサービス利用の可能性がある方も含まれます。電話やSNSなどインターネット上で行われるものも対象。店頭だけの話ではないという点は、押さえておきたいところ。
東京都では2025年4月から、防止条例がすでに動いています
私たちが活動している東京では、法改正より一歩早い動きがありました。東京都カスタマー・ハラスメント防止条例(令和6年東京都条例第140号)が、2025年4月1日に施行されています。
業種等を限定しないカスハラ防止条例としては、全国初とされています。条例第11条に基づく指針(ガイドライン)も、令和6年12月19日に策定済み。条例はカスタマー・ハラスメントを禁止したうえで、都・顧客等・就業者・事業者それぞれの責務を定めています。
事業者の責務は3つ。防止に主体的かつ積極的に取り組むこと、被害を受けた就業者の安全を確保すること、自社の就業者が行為者とならないよう措置を講じることです。なお罰則は設けられていません。
文京区で事業をされている読者の方にとっては、2025年4月の条例と2026年10月の法改正という二段構え。環境は、この2年で大きく変わってきました。すでに1年以上動いている枠組みがある、と捉えると気持ちの構えも変わってくるでしょう。
※出典:東京都産業労働局 東京都カスタマー・ハラスメント防止条例
正当なお申し出と、許容範囲を超えた言動|分かれ目は2つあります
分かれ目は「要求の内容」と「手段や態様」の2つ。どちらか一方でも許容される範囲を超えていれば、該当し得るという整理です。
厳しいご指摘が、改善のきっかけになるお申し出なのか、社員を消耗させるだけのものなのか。現場でとっさに見分けるのは、正直なところ難しいこと。国が示した指針では、その分かれ目が2つの側面から説明されています。私たちも、この2つに分けて考えるようになってから、社内での相談がしやすくなりました。判断のための言葉が、共通になったからです。
「要求の内容」で分かれるもの|理由のない要求・不当な損害賠償要求
要求の内容そのものが、社会通念上許容される範囲を超える場合があります。厚生労働省が例として挙げたのは4つ。そもそも要求に理由がない、または商品・サービス等と全く関係のない要求がその一つ。ほかに、契約等により想定しているサービスを著しく超える要求、対応が著しく困難または不可能な要求、そして不当な損害賠償要求が挙げられています。
ここで線が引きやすいのは、契約や規約という基準があるから。「うちのサービスは、ここまでをお約束しています」と書いたものが手元にあれば、判断は担当者の感覚から離れます。
逆に言えば、提供範囲を書き出していない会社ほど、要求が広がりやすいという構図。私たちも、自分たちの提供範囲を言葉にしていないと気づかされた場面があります。
線引きは、相手を拒むための線ではありません。約束したことを守り切るための線だという捉え方です。同じ姿勢の話として、企業倫理を守り続けるための実践の第一歩もご一緒にご覧いただけたら幸いです。
「手段や態様」で分かれるもの|威圧的・継続的・拘束的な言動
もう一つの側面が、伝え方や態度。同じリーフレットには、身体的な攻撃(暴行、傷害等)と精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言、土下座の強要等)が挙がっています。さらに威圧的な言動、継続的・執拗な言動、拘束的な言動(不退去、居座り、監禁)も例示されました。
要求の内容自体は正当でも、手段が度を越えていれば該当し得る。この点は、現場の判断を助けてくれます。「言っている中身が正しければ、何をしてもよいわけではない」という基準を社内で共有できるからです。
2つの側面を、表に整理しました。
| 観点 | 正当なお申し出(改善のきっかけになるもの) | 許容範囲を超えた言動(該当し得るもの) | 出典 |
|---|---|---|---|
| 要求の内容 | 契約や規約で約束した範囲についての指摘。提供したサービスと関係のある申し出。 | そもそも理由がない要求/商品・サービスと全く関係のない要求/想定を著しく超える要求/対応が著しく困難または不可能な要求/不当な損害賠償要求。 | 厚生労働省リーフレット(令和8年) |
| 手段や態様 | 言葉は厳しくても、節度のある伝え方にとどまるもの。 | 身体的な攻撃(暴行、傷害等)/精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言、土下座の強要等)/威圧的な言動/継続的・執拗な言動/拘束的な言動(不退去、居座り、監禁)。 | 同上 |
| 対応の考え方 | 誠実に伺い、改善につなげます。事実の確認を丁寧に行います。 | 毅然と対応し、社員を守ります。一人で対応させず、上長に代わります。 | 同リーフレットの措置1・2 |
| 記録の要否 | 改善につなげるため、内容と対応を残します。 | 日時・言動・対応者を必ず残します。悪質な場合は警察等への相談の判断材料になります。 | 同リーフレットの措置5・8 |
線引きは、その場の感覚ではなく前もって決めておくものでした
2つの側面を知ったうえで、あらためて感じたのが、判断を現場に任せきりにしないことの大切さ。同じお申し出でも、受けた人の経験や体調によって受け止め方は変わります。感覚に委ねる限り、対応のばらつきは避けられません。
前もって決めておくものは、そう多くありません。応じる範囲、上長に代わる合図、対応を終える基準。この3つが決まっていれば、現場は驚くほど落ち着きます。
決めるときのこつは、完璧な線を引こうとしないこと。まずは「30分を超えたら必ず誰かを呼ぶ」といった、時間や回数の分かりやすい目安から置いてみる。
運用しながら直していけばよい、というくらいの構えでご一緒に始められたら嬉しく存じます。私たちの手元にある基準も、まだ書き直しの途中です。
中小企業が社員を守るために整える5つの順序
整える順序は5つ。方針、棚卸し、窓口、記録、悪質な場合の線引き、という並びで進めると無理がありません。
顧客対応についての備えは、他のハラスメント対策より一段遅れているという結果も出ていました。人手の限られた会社ほど「起きてから考える」になりやすいのは、私たちにも身に覚えのあること。ここでは、明日すべては無理でも順番に一つずつなら置いていける形に分けました。ご自身の会社でどこまでできているか、確かめながら読んでいただけたら幸いです。
同じ調査では、顧客等からの著しい迷惑行為への取組は、最も高い「相談窓口の設置と周知」でも76.1%。同じ統計でパワハラは86.0%、セクハラは86.6%でした。「内容と方針の明確化・周知」は45.5%で、パワハラの82.6%と比べて大きく開きます。備えが後回しになってきた領域だと、数字にも表れています。
10月1日 改正労働施策総合推進法の施行日。労働者を1人でも雇う全事業主が対象です。
①方針を一枚にする|毅然と対応し、社員を守ると書き切る
最初の一歩は、紙一枚。「お客様の正当なお申し出には誠実に応じます。一方で、社会通念上許容される範囲を超えた言動には毅然と対応し、社員を守ります」という趣旨を、経営者の言葉で書きます。求められている措置の第一項目が、まさにここでした。
書くときに迷うのが、お客様への姿勢と社員を守る姿勢の両立。私たちも文面をつくるとき、ここで手が止まったものです。行き着いたのは、両方を同じ紙に並べて書く形。片方だけを書くと、必ずどちらかの現場が苦しくなるからです。
一枚にまとめたら、朝礼で読み上げて共有します。掲示するだけでは、書いたことが伝わったとは言い切れません。経営者自身の口から出た言葉として届いたとき、初めて現場の判断が変わります。
②起きやすい場面を棚卸しする|自社のどこで起きているか
次に、自社のどこで起きているかを書き出します。電話なのか、店頭なのか、納品後の問い合わせなのか。業種によって、危ない場所はまったく違うからです。
棚卸しのこつは、社員に「困った場面」を挙げてもらうこと。経営者が想像する場面と、現場が実際に消耗している場面は、驚くほどずれています。私たちも、聞いてみて初めて分かったことがいくつもありました。
書き出したものは、頻度と負担の2軸で並べ替えてみます。頻度が高く、負担も重いものから手を打つという順序であれば、限られた時間でも効き目が出るはずです。
③窓口を決め、一人で対応させない形にしておく
3つ目が、相談窓口と対応体制。義務となる措置にも、相談窓口をあらかじめ定めて周知することが挙げられています。とはいえ、専用の部署をつくる必要はありません。「まずは誰に言えばよいか」が全員に伝わっていることが本質でした。
あわせて決めておきたいのが、一人で対応させないという運び。長引いたら必ず誰かを呼ぶ、名前を名乗る前に上長へ合図を送る。こうした小さな取り決めが、現場の孤立を防ぎます。
社長が全部を受けるという形も、実は危うさを含みます。抱え込みの構造そのものを見直す観点では、社長が抱え込まずに役割を分担する考え方も参考になるはずです。
④記録の残し方を揃える|日時・言動・対応者の3点
4つ目は記録。義務となる措置には、事実関係を迅速かつ正確に確認することが含まれます。あとから確認できる形になっていなければ、この確認は成り立ちません。
揃えるのは3点で足ります。日時、実際にあった言動、対応した人の名前。この3つを同じ様式で残しておくと、社内での共有も、必要になったときの相談も、格段に進めやすくなります。
様式は、A4一枚のメモで構いません。私たちも凝った仕組みをつくろうとして頓挫した経験があります。続かない仕組みは、無いのと同じでした。
⑤特に悪質な場合の線を、あらかじめ決めておく
最後が、悪質な場合の線引き。義務となる措置の8番目が、ここにあたります。特に悪質と考えられるカスタマーハラスメントへの対処方針をあらかじめ定め、労働者に周知し、対処できる体制を整備すること。
決めておきたいのは、どの段階で誰が出るか、どの段階で警察や弁護士に相談するか。厚生労働省の例示にも、犯罪に該当し得る言動は警察へ通報することが含まれます。その場で判断させないために、先に決めておく。そういう考え方です。
ここまでの5つは、すべてを一度に整える必要はありません。順に置いていけば、施行の秋までには形になります。人が育つ土台という点では、中小企業の離職率を規模別データで確かめる視点も、あわせて役に立つのではないでしょうか。
湯島の朝で、私たちが実際に話していること
制度や手順を整えることと、対応した社員の心が回復することは、残念ながら別の話。備えは被害を減らしますが、受けた痛みそのものを消してはくれません。
湯島倫理法人会のモーニングセミナーでも、社員を守れなかったという悔いを口にされる経営者の方がいらっしゃいます。私たち編集部も答えを持っているわけではありませんが、朝の時間に交わされている言葉を少しだけ分けていただければ幸いです。うまくいかなかった話も含めて、率直に語られたものばかり。ここからは、数字ではなく人の話になります。

対応した社員の心は、その日のうちに置き去りになりやすい
厳しいお申し出を受けた社員は、電話を切ったあとすぐ次の業務に入ります。周囲も忙しく、声をかけそびれる。その日のうちに誰にも話せないまま帰宅する、という流れが一番多いのではないでしょうか。
ある経営者の方が話しておられたのは、対応した社員にその日のうちに「大変だったね」と一言かけるようにしたという工夫でした。解決策を出すわけではありません。ただ、見ていたという事実を伝える。それだけで、翌朝の顔つきが違うそうです。
私たちも、この話を伺ってから声をかける回数が増えました。うまくいっているかは、正直まだ分かりません。それでも、置き去りにしないという一点だけは守ろうと話しています。
明朗(ほがらか)でいられる職場は、備えがあるから保てる
倫理法人会でよく使われる言葉に「明朗(ほがらか)」があります。心を明るく保つという意味合いで語られますが、これは気持ちの持ちようだけで実現するものではないという気がしています。
理不尽な言動にさらされ続ける現場で、明るくいなさいと言うのは酷な話。ほがらかでいられる職場には、そのための土台があります。線引きがあり、一人にしない体制があり、記録が残る。備えがあるからこそ、心を明るく保つ余地が生まれるのでしょう。
職場の空気そのものを見直したいと感じられた方には、職場の雰囲気を改善する具体的な方法も手がかりになるはずです。
一人で抱えないという点では、経営者ご自身も同じでした
最後にお伝えしたいのが、経営者ご自身のこと。難しいお申し出の最終対応は、多くの場合、社長のところに来ます。そして社長には、その話を聴いてくれる人が社内にいません。
湯島倫理法人会のモーニングセミナーは、毎週月曜日の朝7:00から8:00まで。会場は全国家電会館1階(東京都文京区湯島3-6-1)です。6:30からは開会前の朝礼があり、終了後は8:40頃まで朝食会の時間。ゲスト参加は無料で、初めての方も会員と同じようにご参加いただけます。
同じような場面を通ってきた経営者同士だからこそ、話せることがあります。朝の7時に集まって、うまくいかなかった話も含めて分かち合う。そんな時間に関心を持たれた方は、ぜひ一度ゲスト参加してみませんか。私たちも学びの途中ですので、ご一緒に歩んでいけたら嬉しく存じます。
この記事のまとめ|クレーム対応の基本で押さえておきたいこと
基本の型は3つ、そのうえで線引きを先に決めておく。この順序が、対応する社員を守ります。
ここまで、基本の型、増えている相談の実態、2026年10月からの義務化をたどりました。線引きの考え方と、中小企業が整えられる5つの順序も見てきたところ。最後に、持ち帰っていただきたい要点を短くまとめます。
10月1日 労働者を1人でも雇う全事業主が対象/経過措置なし 改正労働施策総合推進法・厚生労働省リーフレット
基本の型は、聴く・事実を確かめる・その場で約束しないの3つ。そのうえで線引きを先に決めておくことが、現場の消耗を減らします。相談が増えているのは顧客対応の領域だけ。防止措置義務のなかった空白が背景にありました。
その空白が、2026年10月1日に埋まります。労働者を1人でも雇うすべての事業主が対象で、経過措置はありません。東京都では2025年4月から条例がすでに動いています。
整える順序は5つ。方針を一枚にする、起きやすい場面を棚卸しする、窓口を決めて一人にしない、記録の様式を揃える、悪質な場合の線を決めておく。すべてを一度に整える必要はありません。今日は紙一枚から、明日は朝礼での一言から。ご自身のペースで進めていかれたら幸いです。
よくあるご質問
クレームを受けたとき、まず謝ったほうがよいのでしょうか。
「謝ったら非を認めたことになる」と心配される方は多いところ。実務では、ご不便やご心配をおかけしたことへのお詫びと、責任の所在を認める行為は切り分けて扱われます。
事実関係が確認できていない段階で「弊社のミスです」「全額補償します」とその場で約束すると、あとから訂正するときにかえって話が長引きます。まずはお申し出の内容を最後まで伺い、いつ・どこで・何が起きたのかを確かめる。責任と補償の判断はその後、という順序にしておくと、対応する社員の負担も軽くなるはずです。
どこからがカスタマーハラスメントになるのでしょうか。
厚生労働省が示した要素は3つ。①顧客等の言動であること、②業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えていること、③労働者の就業環境が害されることです。このすべてを満たすものが該当し、どれか1つに当てはまるだけでは当てはまりません。
そのうえで、許容される範囲を超えるかどうかは2つの側面から判断されます。「要求の内容」(理由のない要求、不当な損害賠償要求など)と、「手段や態様」(威圧的な言動、継続的・執拗な言動、拘束的な言動など)です。厳しいご指摘そのものが直ちに該当するわけではない、という点は押さえておきたいところ。
従業員が数名の会社でも、2026年10月からの義務の対象になりますか。
対象になります。改正労働施策総合推進法によるカスタマーハラスメント防止措置の義務は、労働者を1人でも雇用するすべての事業主が対象。中小企業や個人事業主に対する経過措置は設けられていません。施行は2026年10月1日です。
ただ、求められているのは大がかりな制度づくりではありません。方針を決めて社員に伝えること、相談先を決めておくこと、起きたときの動き方を共有しておくことが中心です。人数の少ない会社ほど、紙一枚と朝の共有から始められる部分は大きいのではないでしょうか。
対応をお断りしたら、悪い評判を書かれないか心配です。
そのご不安は自然なものだと受け止めています。ただ、東京都が2025年4月に施行した防止条例では、顧客等の責務としてカスタマー・ハラスメントを行ってはならないことが定められています。事業者にも、被害を受けた就業者の安全を確保する責務が置かれました。制度の側は、断る側を支える方向へ動いています。
実務で助けになるのは3つ。断る前に社内の判断基準をそろえておくこと、断る場面では対応者を交代させて一人にしないこと、やり取りの記録を残しておくことです。評判を守るためにこそ、線引きを先に決めておくという考え方もあります。
何から手をつければよいでしょうか。
もし1つだけ選ぶとしたら、「一人で対応させない」を決めることではないでしょうか。厚生労働省が示す対処の内容にも、管理監督者に指示を仰ぐこと、可能な限り労働者を一人で対応させないことが挙げられています。
窓口の設置や方針文書は少し時間がかかりますが、「長引いたら必ず誰かを呼ぶ」という一言なら、明日の朝礼で共有できます。そのうえで、方針の明文化、記録の様式、悪質な場合の線引きへと順に広げていかれるとよいのではないでしょうか。私たち編集部も、まだ整えている途中です。
倫理経営を朝から学ぶ、湯島の経営者コミュニティへ
湯島倫理法人会は文京区湯島3-6-1 全国家電会館1階で、毎週月曜日 朝7:00からモーニングセミナーを開催しています。初めての方もゲスト参加(無料)でお越しいただけます。朝が難しい方は9:30から始まる「湯島つながりラボ」も別会場でお待ちしています。
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