大正13年創業、築地玉寿司の4代目・中野里陽平氏が語ったのは、100年という歳月の中に連綿と続く「逆境と再生」の物語でした。若き後継者がある日突然背負うことになった重荷。それを乗り越えた先に見えた、倫理を学ぶことの意味とは何でしょうか。

100年企業の経営哲学から学ぶ、リーダーの決断とは
モーニングセミナー日程を見る100年の歴史は「逆境の連続」だった
関東大震災翌年の1924年(大正13年)、マグロ問屋を営んでいた祖父・栄蔵氏が復興に沸く築地で小さな寿司店を開いたのが株式会社玉寿司の始まりです。その後、太平洋戦争中の空襲で店は焼失し、終戦の年には祖父も病に倒れ、この世を去りました。39歳で4人の子を抱えながら夫に先立たれた祖母が、焼け跡から店を一人で再建したのです。
戦後の混乱期を乗り越えた3代目の父は、当時まだ珍しかった末広手巻き寿司を考案し、駅ビルへの積極出店で玉寿司を30店舗以上を擁する企業へと育て上げました。しかしその後、バブル崩壊が直撃します。
「100年企業というと美談のように語られることもありますが、実態は逆境の連続です」と中野里氏は静かに語りました。倫理法人会の教えに「苦難は幸福の門」という言葉があります。その言葉をそのまま体現してきたのが、この100年の歩みだったのかもしれません。
父が語った「捨石」と「要石」
入社まもなく、中野里陽平氏は財務担当者から衝撃的な事実を告げられます。年間売上を大きく上回る多額の有利子負債が会社にのしかかっていたのです。幹部たちの重い空気が、知らず知らずのうち若い後継者候補に向けられるような日々が続きました。
そんなある日、父から「大事な話がある」と食卓に呼ばれます。向かい合って座った父が口にしたのは、囲碁の用語でした。
「捨石と要石、という言葉を知っているか」
取られても大局に影響しない石が捨石、取られると一気に形勢が逆転してしまう石が要石——。父は続けました。捨石は個人の財産と社長という名誉ある肩書きだ。だから自宅を売却し、社長の座も退く。しかし要石は三つある。80年間培ってきたお客様からの信用、社員、そして後継者だ。陽平、お前はその要石になれるか、と。
莫大な負債がそのまま自分にのしかかってくることは、頭ではわかっていました。それでも中野里氏は「やります」と答えたといいます。先祖たちが血と汗で守り続けてきた歴史を、自分の代で絶やすことだけはできない。そう腹が決まった瞬間、不思議と体の底からエネルギーが湧いてきたそうです。
まさに、万人幸福の栞の第十二条「捨我得全(得るは捨つるにあり)」——絶体絶命のとき、思いきって欲心を捨て、命すら投げ出す覚悟を決めたとき、予想だにしなかった好結果が生まれる、という教えの実践でした。

リーダーシップとは「お願いする力」
事業再構築の5ヶ年計画を携え、中野里陽平氏は複数の金融機関を一行ずつ回ります。31歳の若い経営者が持ち込む計画に、銀行の担当者たちは容赦のない言葉を返しました。「31歳で何ができるんだ」と。悔しかったと語ります。しかし諦めず交渉を続けた結果、少しずつ道が開けていきます。
社内でも変化が必要でした。年上の社員ばかりが並ぶ中、若き後継者が上から指示を出しても心はついてきません。あるとき、年上の経営者からこんな言葉をもらいます。「謙虚に”お力を貸してください”と頭を下げてみろ。そうすれば支えようという人間が必ず出てくる」と。
それを聞いて気づきました。リーダーシップとは命令ではなく、みんなの力を借りることだったのです。中野里氏はすぐに動きます。経営理念をラミネートカードにして全社員分用意し、早朝から全店舗を一軒一軒回り、1対1で10分ずつ思いを伝えていきました。
食事もとらず、朝から夕方まで店舗を回り続ける社長の姿を、社員たちはしっかり見ていました。半分ほど回ったころには、次の店ではコーヒーが用意されていたといいます。「彼ならばこの難局を乗り越えられるかもしれない」——そう感じた幹部が少しずつ増え、足元の業績も上向き始めたのです。
正しい決断が、正しい道を開く
その後も、大型施設からの突然の退店要求という新たな試練が訪れます。経営が危機的な局面にあるなか、新たな売上を失うことは会社の存続に直結する問題でした。
中野里氏は諦めませんでした。ターゲット層とされる若い女性10名を集めてヒアリングを実施し、「寿司は好きでも寿司屋に苦手意識がある女性が多い」という独自のリポートを作成。施設の新社長へ直談判を申し込みました。2度目の面談で、「潰れます」と正直に自社の状況を打ち明けた上で頭を下げたのです。その誠実さが、最終的に道を切り開きました。
「正しい原則を学び、覚悟を持って正しい決断をしたとき、必ず正しい道が開かれます」——湯島のモーニングセミナーで中野里陽平氏は力強く語りました。一生かかっても返せないと思っていた負債は、12年で完済を迎えます。

まとめ──共に学び、実践する一歩を
株式会社玉寿司代表取締役社長・中野里陽平氏の講話は、100年という時間の重みと、一人の人間の誠実さがどれほどの力を持つかを、あらためて気づかせてくれるものでした。
捨石と要石を見極めること。本当に大切なものを守るために、手放す勇気を持つこと。そしてリーダーとして、頭を下げてみんなの力を借りること。これらはどの規模の経営にも、またビジネス以外の日常にも通じる普遍的な知恵でしょう。
倫理を学ぶことは、正しい原則を手に入れることです。そしてその原則を持って決断するとき、道は自ずと開かれる——そう信じて実践を続けることが、私たちにも問われているのかもしれません。
湯島倫理法人会のモーニングセミナーでは、毎週こうした経営者の生の体験から学ぶ機会があります。ぜひ一度、早朝の学びの場にいらしてみてください。
講師プロフィール
株式会社玉寿司
代表取締役社長
中野里 陽平(なかのり ようへい)
1972年、東京都築地生まれ。学習院大学法学部政治学科卒業後、事業承継を志してアメリカ・デンバー大学「ホテルレストランビジネス学科」に留学し、飲食のMBAとも呼ばれるHRTMプログラムを修了。1999年に玉寿司へ入社し、2005年に4代目代表取締役社長に就任。バブル崩壊に伴う多額の負債を私的整理と事業再構築によって12年で完済し、V字回復を実現。2017年には独自の職人育成機関「玉寿司大学」を開校し、飲食業界の人材育成にも精力的に取り組んでいます。「私たちは海の幸の美味しさに真剣です」を経営理念に、100年を超えてなお進化を続ける老舗を率いています。
「捨石と要石」——あなたが守るべきものは何ですか
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